瞳の宇宙


吹き上がるエンジン音とあちこちを小さく引っくり返す震動の絶え間なさに目を閉じて耐えるとき、彼らの存在は有難くて仕方ない。腰の辺りに短い腕を回してぎゅうと締め付けてくる少女の髪を撫でてやりながら、マリナは思う。子供という生き物の、何と温かいことだろう。いつも生きる力に満ち溢れて、立っても座っても寝ても起きても、飽くことなくそこら中に熱を振りまいている。
幌を降ろした荷台は人の輪郭を辿れる程度の暗さを保ち続け、ことあるごとに砂が舞い込んでは一層不安を煽っていた。大きく揺れるたびにかすかな悲鳴を漏らす子供達を真に慰める術を、今のマリナは一つも持ち合わせていない。何故なら、彼らは気休めの意味を知る哀れな子供達だから。そうして、人と人が融け合いそうな薄暗さの中で身を寄せ合い、恐怖を分け合っている。
「マリナさま……」
子供達の中では年長の少年が荷物に縋りながら、そっと問うた。エンジンや様々な音で掻き消されそうになりながらもその音がマリナの耳にきちんと届いたのは、誰もが静まっているからに違いなかった。
「どうしたの、どこか痛い?」
この揺れでは酔う子供やどこかをぶつける子供も出てくるかもしれない。だからと言ってマリナにできることはやはり哀しいほど少なかったのだけれど、それでも励まし合いから生まれるものをマリナは信じているのだった。
「みんな、しんじゃったの?」
少年の声は依然か細く、エンジンにところどころ消された。マリナは少年を真っ直ぐ見詰める。幌の隙間から差し込む光が丸く潤みを持つ瞳に映り込み、闇に浮き上がっていた。不意にマリナは息を呑んで、その双眸を受け入れる。少年の瞳は、哀しみも恐怖を抱いておらず、ただ戸惑っているのみだった。
「……そうね。とても哀しいことだわ」
「ガンダムが、助けてくれるんじゃなかったの?」
別の少年が声を上げた。溜まりかねていたようだった。突然、石にでも蹴躓いたのか、荷台が大きく揺れる。マリナは声を上げた少年を見る。同じ瞳をしている。
「それは、違うわ」
ゆっくりと首を横に振った。マリナにしがみついていた少女が身じろぎをした。せめて寝かせてやれれば良いのに、と思う。怖いことも哀しいことも、子供のうちは眠っている間に過ぎてしまえば良いことの筈だった。
「けんかは、だめでしょう?」
誰からも答えはない。マリナの言葉を、息を潜めて待っている。
「それと一緒よ。ガンダムは、けんかしかできないから」
「何で、けんかしかできないの? 仲直りはできないの?」
また、同じ少年が聞いた。マリナは僅かに口角を上げるのみだった。そうできたら良いのにね、と溜息のように吐き出した言葉は、恐らくエンジンに掻き消されて少年には届いていない。俺は闘いの中でしか生きられない。彼らと同じ瞳をしていたに違いなかった青年の言葉を思い出す。四年間。目まぐるしく過ぎた日々、世界のどこかで遠ざかっていた彼は結局変わることなく戻ってしまい、マリナの元を離れてしまった。自分もまた、繋ぎとめる強さを得ることなく四年を過ごしてしまった。
「だいじょうぶ、マリナさま」
マリナにしがみついていた少女が口を開いた。マリナが見下ろすと、少女はゆっくりと笑みを浮かべた。こうしたとき、女の子は強いのだということを、マリナは知っていたから特に驚かなかったけれど、少女が続けた言葉にはどきりとした。
「また、会えるよ。あの青い服のおにいちゃんにも」
少女は身を起こして、マリナの腕にそっと自分の小さな手の平を添える。水気を含んだ生命力に満ち満ちた手の平。子供達はいつでも温かく潤っていて、酷く敏感だ。マリナの言外に醸す姿を、そしてその姿に抱く様々を察することができるほど。
「また、会ったら、ガンダムに、仲直りのしかたをおしえればいいんだもの」
「……そうね。そうしなくちゃね」
髪を撫でてやると、少女は目を細めた。幌が忙しなくはためいて砂の混じった風が吹き込む。刹那は今、またどこかでガンダムに乗っているのだろうか。また誰かを殺してしまっただろうか。
「ね、マリナさま、しってる?」
別の少女が身を乗り出した。一際大きく揺れて体勢を崩す少女の身体を咄嗟に支えてやると、少女はそのままマリナの腕に縋って、やはり笑うのだった。
「お別れするのは、つぎにまた会うためなのよ。さようなら、ってしたあとには、ちゃんと、こんにちはってやってくるの」
だから、大丈夫。また、会える。
少女達は探るようにマリナの指を握り、何度も瞬きを繰り返す。一つの瞬きを経るごとに少女達の瞳に宿る光が震えるようで、マリナは眼を逸らせない。同じ瞳を彼はしたことがあっただろうか。そもそも、マリナは彼の迷いを切り捨てた瞳に射竦められることを恐れて、きちんとこんな風に見つめたことがあっただろうか。
「そうね……また、会える」
呟くように相槌を打って、マリナは不意に子供達と歌を作ろうと思った。皇女という立場に妨げられた若々しい夢が懐かしくマリナの胸の中で疼く。何をすべきか考えろとシーリンは言う。他人の血を流している中で闘わないことが全て間違いであるとは思わない。子供達は、明日を見つめている。
エンジン音は相変わらず喧しい。揺れはいよいよ酷く身体中を至るところにぶつける。砂漠の匂いは酷くきな臭い。子供達は体温と不安を分け合う。マリナは、瞼を閉じる。


――わかれるのは、であうため。
青い背中が、瞼の裏を過ぎる。







ゴロゴロソングの至るところが、刹マリにしか聞こえません助けて状態の私のための自己補給。
マリナは刹那に会いたくて仕方ないんだな!って思った!
本当に好きですこの歌。コード進行とかメロディとか直球過ぎて響く。四度で終わるとか何事。
09/03/17