留守番


指を開いて差し込み、そっと手前に引くと、意外なほど細やかな赤い髪はするすると心地良く抜けていくので、暫くそうして手の平に閉じ込めたりくるくると巻いてみたり、自分の髪では決してできないことを繰り返した。やがて、ただいじるだけでは飽きてきたので、軽く梳きながら後頭部を縦に二分する線を人差し指でなぞり、両脇に髪を分けてみる。偏りを整えながらまず右から結わこうとして、ヒリングは初めて結わけるものを一つも持っていないことに気付いた。
「ねえ、ブリング、」
ソファの背から身を乗り出すようにして、ヒリングは青年の首に抱きついてみせる。どこをどう触ろうが、ブリング・スタビティはいつだって無関心であるから、時折こうしたことをしていても誰も一向に構わないのだった。鎖骨の辺りを爪で辿り、赤毛に透く少し大きな耳朶に息を吹きかけてヒリングは囁く。
「ゴムとか、持ってない?」
「持ってない」
ブリングは一度も振り向かず、頭も動かさず、ただ唇と声帯だけを僅かに揺らして答えた。予想し得る答えだったので、ヒリングは特に癇癪を起こすこともせずに「あっそ」と呟いて腕を解く。それから、中途半端に分けられた赤い髪の毛と、生白い項を所在無く眺めて、ヒリングは小さく溜息をついた。退屈――至極退屈である。
ブリング・スタビティは共にいて気詰まりするような男ではないのだけれど、ヒリングにはやっぱり足りなく思えて仕方ない。だだ広い広間に二人取り残されて、そうしてブリングが先ほどからしているのは、ただ背筋を伸ばしてソファに座るだけなのだ。微動だにしない細められた瞳が一体全体どこを見ているのかが直視できなくて、だからヒリングはブリングの背後を陣取っている。
(早く帰って来ないかなあ、リボンズ)
リボンズ・アルマークは優しいから好きだ。彼が底に計り知れないものを隠し持っているのも知っているし、決してヒリングを対等に思っているわけでもないのも承知だけれど、優しさは思惑も感情も外した事実であるから、ヒリングはそれで良いと思っている。
何より、彼は大事な片割れに違いないのである。
「ブリングはさあ、」
自分が乱してしまった赤毛を丁寧に梳いて元に戻しながら、ヒリングは問う。
「デヴァインに会いたい?」
肩から前に流していた毛先を後ろに流す。羨ましいほどさらさらと流れる真っ直ぐな髪だ。そうして平然としながら実のところヒリングはしつこく呼吸を読んでいたのだけれど、とうとうブリングは即答しなかった。
「特には、思わない」
やがて、静かな回答が返ってきた。やはりブリングは唇と声帯以外を動かしてくれない。きっとこの繊細な髪を引っ張っても、首筋に爪を立てても、さして驚きもしない。知っていたけれど。あーあ、とヒリングは欠伸交じりに身体を伸ばして、ブリングの背後から離れた。ブリング・スタビティは共にいて気詰まりする男ではないのだけれど、今のヒリングはリボンズの帰宅がひたすら待ち遠しい。







ヒリングがブリングの髪を梳いてたらかわいいなあ、という妄想。見方を変えれば幼女(つるぺた!)と青年ですね(変態
そういえばイノベは皆比較的髪の毛が短い人が多いですね。アニューくらいかな長いのは。ブリングは絶対超さらさらだぜあれ。
もう、合理的な存在なのに片割れに無償の情を抱いてしまう矛盾がたまんないよイノベイター!!
09/05/06