幼い直線 見知った気配を察してティエリアの方を向いてやると、案の定彼の双眸はロックオンを隈なく捉えていた。ティエリアの視線はいつも露骨で、幼い直線を描いている。ロックオンとの関わりが彼にもたらす変化を周囲は良い兆候のように受け取っているけれど、ロックオンは決してそうは思わない。(もしそうであれば、彼の視線はもう少し丸みを帯びても良いのではないだろうか)人としての輪郭をなぞっているように見えて、実のところティエリアの最も人たらしめないイノセンスだけは保たれるよう図っている自身を、ロックオンはこの頃見つけているのである。 ティエリアの肩が緩む笑顔を送ってやると、彼は思った通りに小さく息をついてロックオンに近付いてきた。あっという間に埋まる距離を、ロックオンはいつもコンマに満たない間だけ躊躇してみる。抗う素振りは通過儀礼に似ている。多分、こういった距離に慣れてしまうのは間違ったことなのだろうと思っているけれど、遠い昔に組み立てた御託の諸々は既に突き崩して置いてきてしまったので、ロックオンはそれを間違っていると感じる理由を分からないままにしてティエリアの腰を抱き寄せ、隣に座らせてベッドに並んだ。そもそも、間違いとは何だろう? それが間違いであると、誰が決める権利を持っているのか? ――くたびれた大人のみっともない逃亡である。 (俺、まだ二十四の筈だけどなァ) 目が合ってから近付いてきて抱き寄せるまで、ティエリアは一度も視線を外さない。外せないのも、外さないのも、正解だろう。自分よりもIQ値の遥か高いこの青年は近付いてみれば何とも容易かった。心なしか、ティエリアの瞳が潤み始めている。瞬きも満足にせずに見つめていたのか、何かの条件反射なのか。或いは、両方か。ロックオンは疑問の解消を待たずにもう一度笑んで、ティエリアの唇をゆっくりと軽く食んだ。 途端に肩甲骨の辺りの服をぎゅうと掴まれ、堪えているかのような力でしがみつかれる。怯えと喜びが似た感情で、入り混じることがままあることを、ロックオンはティエリアを通じて初めて知った。以前に目を閉じろと言ったことを、彼は、決して、忘れない。薄目で覗いた先に、閉じた睫毛が震えているのを見つけ、俄かに興奮する。 何度か食んでから舌先で舐ると、ティエリアは心得たようにロックオンの侵入を許した。理性的な思考が弾かれたまま、ロックオンの舌は迷わずティエリアの舌を掬い上げ、好きなように操る。ティエリアが応えようとするのを阻むように、わざと先回りをして絡んでやる。布越しに背中に爪が立った。きちんと切り揃えられていても、立派な凶器である。 舌の側面を嬲ったとき、その小さなしこりがロックオンの舌を掠めた。それまで荒い吐息ばかり繰り返していたティエリアが、明確な悲鳴を上げかけて堪えた。何となく気になってもう一度通り過ぎたところを舐めてみる。ティエリアの身体がびくりと震え、ロックオンの舌が追いやられる。 (口、内炎、) 妙な気分である。栄養失調という可能性は薄いから、噛みでもしたのだろうか。ティエリアにも口内炎はできるのだ。当たり前のことにそこはかとなく興奮する自分にロックオンは気付いて、一度唇を離した。(そんな趣味を持った覚えはないけど、)無垢なものを導いていく優越感はどこまでもロックオンにつきまとう。 大きく呼吸を繰り返すティエリアの頬を支えた。薬指と小指を動かして顎と喉の境目の辺りを探ると、ロックオンの背中を捉えたままの両手の幅がきゅうと狭まった。紅潮した顔に彼の欲情を読み取って、満足を覚える自分をロックオンは自嘲する。世話焼きも一歩踏み外すとこの様である。 ティエリアの呼吸の音が静まっていくのを見計らって、もう一度その唇を捕まえた。今度は迷いなく舌を差し込んで先ほどの場所を探す。ティエリアの舌がおずおずと返事を返すのを裏切るように、ロックオンは側面のその場所を探し当てて舌先を押し付けた。 ティエリアの身体は面白いように跳ねた。跳ねながら堪え、堪えきれずにまた跳ねる。まるで本当に抱いているように、ティエリアが呑みこめない声を上げる。掻き抱くように回された手が、ロックオンの舌がぎゅうとそこを押すたびに血液の塊を通すように震え、さながら心臓である。舌は嫌がるが、ティエリアは決して離れない。呆気ない身体は抵抗を知らずにロックオンが離れてくれるのを待っている。 もう一度、ティエリアの顔を覗き見してみると、きつく寄せられた目尻に涙が溜まっていた。本人は自身の泣き上戸を知っているだろうか。何だか可哀そうなものを見た気分になって、ロックオンは舌を解放してしまった。 唇が離れた途端、ティエリアは隠すようにロックオンの胸に瞼の辺りを押し付けた。頼りない頭を撫でてやりながら、ロックオンは満足していたし、後悔もしていた。ティエリアの薄い肩が上下し、胸から下腹にかけて吐息が吹き付けられる。 「ごめんな、」 痛かったろ。耳朶に向けて低く囁くと、ティエリアの後頭部がぶんぶんと横に揺れた。動作の幼さに不安を覚える。漬け込むつもりはなかったけれど、ティエリアは自身からロックオンの待つ沼に沈み込んでいることを知らないのだろうか。 「後でドクター・モレノに薬でももらっておけよ」 言ってとりあえず抱き締めていると、ロックオンの胸元に涙を沁み込ませて、ないことにし終えたティエリアが顔を上げ、小さく、はい、と答えた。目尻が先ほどよりも蕩けているのを目の当たりにして、堪らない気持ちが込み上げてくる。衝動は凶器だ。ティエリアはロックオンに抱き込まれながら、流れに沿って受け入れる。ロックオンは抵抗を許していないわけではないけれど、進んで促すこともない。ただ、時折薄く開かれるティエリアの目線は相変わらず正確な直線でロックオンばかりを目印にしているのである。 (丸みを帯びることを阻んではいない)(ただ、教えていないだけだ) |