溶かす熱 どうにも落ち着かなくて寝返りを繰り返していたことに漸く気付いて、ティエリアは覚醒を自覚する。体勢を整えようにも膝は折れ曲がったまま伸ばせない。伸ばしては今より辛くなることだけは理由を求めるまでもなく知っている。何が苦しいのか分からないまま小さく呻いて手探りに布団を掴もうとし、指がシーツをつるつると引っ掻く。布団がない。伸ばした手を諦めて腹部に当て、途端に幾分か楽になる腰周りに、ティエリアはやっと先ほどから自分が腹痛に苛まれているのだということに気付いた。 大きく息を吐いてみると、下腹の内側で怒っている何かも同じように息を吐いて動きを止めるが、すぐに吸い込む動作に引き上げられて鈍い痛みを広げていく。思うままに呼吸に声を乗せればやはり少し楽になった。 手洗いに立とうかどうか逡巡する。果たしてそこまで辿り着けるだろうか。辿り着けても、戻って来られない気がしてならない。やっと瞼を開けても室内の暗さばかりが身体に圧し掛かってきた。誰もいないことに不安を覚える自分にティエリアは驚愕すら抱けない。そんな筈はないのに、しんでしまう、ということを考える。誰も間に合わず、暗闇の重さと内側で引き攣るものに耐え切れないで、自分は、しんでしまう。 そうして、視界の端の枕元に端末が見つかり、何も考える暇はなかった。 部屋のロックを突破して人の気配が踏み込むのを、ティエリアは空気の流れで感じた。冷や汗がどんどんと伝う額や首筋は触れる闇にひたすら敏感で、呻き続けている喉を乾かしていく。 「ティエリア、」 声と足音が近付き、簡易ベッドの側で一度何かを拾い上げた。決して照明をつけてはくれないことがティエリアを息苦しく責めたけれど、輪郭の辿れる闇に安堵を覚え始めているのも事実だった。ベッドの足許の辺りが軽く沈んで、布団がかけられた。何てことはない、布団は床に落ちてしまっていただけだったのである。 「寝冷えか? なんだよ、夜中に人を驚かせやがって」 「ロック、オン、」 溜息混じりに汗ばむ髪を撫ぜられて、耳がぞわりと震える。口走った名前に靄のかかった思考は縋っている。共有される闇がティエリアの鼻先をたゆたう。 「辛くないか? 布団くらいきちんとかけろよな」 そのまま遊ぶように髪を梳かれて、ティエリアは不意に泣きたくなった。胸元をじわじわと包む疼痛が響いて、腹の奥がきゅうと痛む。布団が体温を吸い取ってティエリアの冷えた皮膚を温ませた。自分の手の平の下で疼き続けるものが解放を求めている。頭が熱いのは大きな手の平のせいだけれど、しかし、ほどかれたいのは、そこでは、なくて、 「ロックオ、ン……さ、さわって、」 「ドクターに連絡を、……ん?」 驚くほどか細い声が出て、ロックオンが拾えているかどうか心配だけれど、ティエリアはもうこれ以上動かすことができない。 「おなか……いたい、」 何を訴えれば思う通りにことが運ぶのか、そればかり考える。目の前にロックオンがいるのに、ドクターを呼ぶまでの間の我慢に耐えられそうにもない。ティエリアは熱くこごる溜息に溶かしながらもう一度言ってみる。 「ロックオン……さわ、って」 苦笑なのか溜息なのか失笑なのか分からないものが闇を濁して、そっと布団の上から腹部に当てられる。同じ場所を押さえるティエリアの手を掻い潜るように広い手の平が熱をじわじわと沁み込ませて、ティエリアは、ほう、と深く息を吐いた。腹の奥も同様に力が抜けていく。痛みの解消は要求の通った安堵と混ざって思考を覆いつくす。 「ここ、か?」 ロックオンの囁きは、舌先まで柔らかくほどいたような、まろやかな音に聴こえてならない。眠ろうとするティエリアを気遣っているらしい、些細な囁きである。 「そこ、……そこ、」 呼応してこぼれる言葉はまるでうわ言だ。指先から直に伝わる熱に、ティエリアはあっという間に溺れて弛緩してしまう。もしかすると夢かもしれないという可能性に行き着く程度に、ティエリアは落ち着くことができていた。ロックオン。ロックオン。ただ呻いているのが申し訳なくて呼びかけてみる。実のところ、声帯が僅かに搾り出すその響きに自分ばかりが慰められている。 「仕方ねぇなあ」 ティエリアは漸く瞼を下ろす。闇は変わらず、ほんの少しだけ輪郭を保っている。何を考えているのか分からなくなって、ただ、意味すら失ったまま、ロックオン、ロックオン、とだけ繰り返した。腹の表面を慰める熱と、狭い部屋の中で闇を巡らせる彼の呼吸と、彼の醸す頼もしげな気配と匂いばかりが、ティエリアを包んで離そうとしない。 (ああ、僕は、) (どうしているのだろう) |