優しいのでも、同情でもない


頭上でにわかにぬくみが広がった途端、背筋に悪寒が走り抜けて、あたしの手は意志も神経も何もかもを介さずその大きな手のひらを振り払った。優しくされるのも同情も好きだ。それらに包まれてにこやかに口角を上げていれば、物事は良いように転がった。自分のことを真剣に考えてくれる人が好きだった。懲りずに手のひらがまたつむじを包み込もうとして、あたしは今度は明確な敵意を以ってその腕ごと叩き落とした。優しくされるのも同情も好きだけれど、こいつのこれはそのどちらとも違って、その皮膚があたしの頭に近づくたびにおぞましい屈辱感が全身を舐めるように這った。優しいのでも、同情でもない、それは慰めるしぐさだった。
「さわんないでよ」
「オレ、手ぇきれいだよ」
ちゃんとあらってるよーん、とはたかれた手首をぶらぶら振って、三浦はちっとも堪えた様子もなくあたしの横に並んだ。当然をにおわせる動作が気に入らなくて、あたしは踵を返してずかずかと歩いた。それはすなわち、風早と爽子ちゃんに背を向けることでもあった。けれど、断ち切れない糸が足下でずるずるととぐろを巻いて、一歩進むごとに引っかかり、つんのめるようにして立ち止まる。木枯らしが額を掠め、頬をよぎり、濡れた部分が線となってすうすうと涼しかった。
「泣くなよ」
「泣いてないわよ」
斜め後ろからすり寄る男の子じみた湿った体温に悲しくなるほど焦がれた。あたしは男の子の身体に寄りかかりたかった。その事実はあたし自身を震撼させた。いくつもの夜を通り越した思いは行方を失って上澄みへ溶けていき、瓶の底に沈殿したそれは手のひらにぬめった。額に三浦の手が添えられた。上澄みは蒸発していく。あたしの手はもう動かなかった。


野球や犬を好きな手と女の子らしい何もかもを好きな手が控えめに重なって、けれど隠そうとはせずに歩道の上に鮮明に浮かび上がっていた。それだけのことだった。知っていることだった。鋭い雨の上がった後の、秋を近づけるひんやりとした空気があたしの手や頬やむき出しの膝を慰めるように(そう、慰めるように!)撫でていた。知っていることだと思っていたのはとんだ思い上がりで、そのとき漸く、初めて知ることができたのだった。


「くるみは泣いているのが一番かわいいと思う」
「ほめ言葉じゃない」
顔を見られたくないので、あたしは反対側に顔を傾けた。震える語尾に涙が引っかかっているのがたまらなく恥ずかしかった。
「ほめてねえもん」
「……はぁ?」
振り返って睨みつけたいのを我慢していると、額に当たっている指の腹が流れて眼前に迫った。反射的に目を瞑ると、瞼から押し出された涙の球体がころんと落ちる前に三浦の指の上で崩れて伸びた。
「泣き顔よりも笑顔をかわいくしろっつってんの」
がさつな指先があたしの目尻をそわそわと拭う。さり気ない動作に見せて実のところ三浦も落ち着いていないことが時折掠める爪の体温から伝わって、あたしはもうじっと耐えるほかなかった。三浦の手を許してしまった時点で、あたしにはそこに宿る体温を全て受け取る義務が発生していた。今のあたしには、どんな形であれ、こうい、と呼ばれるものを拒む勇気や冷静さがすっかり欠けている。そうして、あたしはあたしの笑顔について少し考えた。遠回りしすぎたのだ。誰もが目を引かれて、あたしに優しくしたり、同情したり、そんな笑顔を身につける必要のなかったことに、もっと早く気付ければ良かった。あたしが用意するべきは、(風早ただ一人を、)
けれど、あたしの笑顔を魅力的にするに至ったあの一連がなければ風早への気持ちもなくなる。結局決まっていたのだ。あたしと風早は付き合えない。
悔しさ、嫉妬、費やされた時間、瓶の底のぬめりが、どろどろっとあたしの両目から噴き出た。鼻からも口からも、濃縮されたやるせなさが垂れた。三浦はもう何も言わなかった。ただ、優しいでも、同情するでもない、慰めるしぐさであたしの頭に顔に手を当て続けた。それはひどく屈辱的で、けれど、今まで、あの風早でさえくれなかった、ぬくい感情だった。あたしは男の子の湿った体温ににじむ、それが欲しかった。


優しいのでも、同情でもない、







三浦くんとくるみちゃんっていいなあって思いました。
くるみちゃんは作品的に偽悪的に描かれているけれど、あれらの行動はピュアと呼ばれる爽子は持ち得ないやるせなさ、世間ずれの結果なのかと思うとああ無情と思わずにはいられません。
無知を罪とまでは言わないけれど、爽子ちゃん……もっと知って……!
12/01/04