夜が明ける 腰から下が沼に浸かったように鈍い反面、夜明けの風が額やむき出しの肩に冷たく感じられた。薄暗く鬱蒼とした木の生い茂る、あまり整えられていない道を掻き分けるようにして歩いていく。部屋に帰るには少しばかり遠回りではあったが、鼻の奥につんと強い柑橘の香と生臭さが残っているうちは、表の道を歩きたくなかった。 たった今、シャルルカンは初めて女の体に、自らの性器を入れてきた。そしてその事実は、シャルルカンの心臓を不気味に落ち着かせていた。 ことはあっけなくはじまり、女の導くままに時間が過ぎた。想像よりも静かで気まずい瞬間は何度も訪れたが、口を挟むのもはばかられて、シャルルカンは無言のうちに女とつながり、王やヒナホホの語る色の話のどれとも異なるぬるい快感を貪った。終わってみれば大したこともない気がしたし、昨日までの自分とは全く別個の存在に進んだような躍動感も込み上げた。何より、女の体は自在にうねって次々に快楽を生み出すものだから、シャルルカンは素直に感動もしていた。 風にさらされてとうに冷えた頬がまだ熱い心地がする。シャルルカンはそのまま裏の門から王宮に入り、中庭を大きく回りながら部屋に戻ろうとして、ふと足をとめた。まだ鳥も鳴かない夜明けに、中庭に立つ姿を見咎めたのだ。 ヤムライハだった。 前夜、十五の誕生日を迎えたシャルルカンを囲んで、八人将は酒場で酒を酌み交わし、馳走をたいらげて騒いだ。夜も更けて王に誘われるままに次の店に乗り込むと、踊り子達が一斉に群がり、薄い照明の下で体をくねらせて舞い始めた。その頃には王とその付き添いのジャーファル、そしてマスルールしか残っておらず、他の者は各々のために帰宅していたが、それはこういうわけだったのだとそこでシャルルカンは合点した。そうしてかわるがわるに隣に座る踊り子たちの肩に手を回し、そのうちの一人と親密になった(少なくとも、シャルルカンは親密になったと思った)。 その踊り子がシャルルカンの耳元で甘く、数字を囁いた。どうやら部屋の番号のことのようだ。彼女が吸い込まれるように消えていった階段をシャルルカンは時間を置いて登り、目当ての部屋を見つけて入ると、つんとした柑橘のにおいが包み込んで、踊り子は寝台にもたれていた。 「ノックくらいしなさいな」 くすくすと肩を揺らして笑う踊り子の隣に座り、布を何重にも敷き詰めた寝台に二人で倒れこむと、踊り子の手がシャルルカンの着衣に伸びた。その手つきは、階下で披露した舞いを連想させ、不思議な官能を呼び起こす期待を膨らませた。 「あれっ、シャルだ」 足音に気付いたヤムライハが振り返った。瞬間的に厄介だ、という思いがシャルルカンの胸にくすぶる。ヤムライハはシャルルカンのくたびれた衣服を眺めて、手に腰を当てた。 「あきれた、こんな時間まで飲んでたの?」 王様も困ったねえと眉をしかめ、ヤムライハはシャルルカンに歩み寄ってくる。寄るんじゃない、と腰がひける。こんなに香のにおいをしみつけて、ヤムライハに悟られることにどうしてか針でちくちくとつつかれるような恐怖を覚える。 「うっせ。おまえこそどうしたんだよ、こんな時間に」 悟られないように平静を装ってそっと視線をそらすと、まるで気づかないヤムライハは顎に手を当てながら笑った。 「研究が煮詰まってね、気晴らしに散歩してたの」 あんたと違ってマジメなの、と唇を尖らせる、そのマジメの言葉がシャルルカンの胸に刺さった。ヤムライハは緩やかな夜着をまとい、その豊かな体が内側から薄い布を押し上げていた。シャルルカンには、つい先ほど目に焼きついたばかりの光景が重なり、夜着が透けているかのようにすら錯覚した。薄明かりに映える白い肌が袖や襟元からのぞき、たっぷりとした髪が肩口から降り注いでいる。そうして、その皮膚の奥の世界だって、今日のシャルルカンはもう知っている。 「この魔法オタクが」 慣れとは恐ろしいが感謝もしたい。動揺を押し隠すシャルルカンの口からこぼれでたのは、慣れ親しんだ軽口だった。ヤムライハもシャルルカンの答えを予想していたのか、つんと顔をそらして返す。 「オタクでけっこう。あんた、もう部屋に戻って、朝議までにお酒抜いておきなさいよ」 「もう酔ってねーよ」 「果実酒のにおいがするのよ」 その一言に心臓が暴れた。反射的に顔を背けて「ハイハイわかりましたっと」と言い、足早に中庭を離れる。ちゃんと、いつものように、軽く聞こえているだろうか。ヤムライハが何か文句を続けていたが、シャルルカンは一刻も早く部屋に帰りたかった。先ほどまで腰のあたりにわだかまっていた躍動感はもはや黒ずみ、柑橘のにおいと共にヤムライハの体の奥を想像してしまう快楽に丸ごと目を背けて、シャルルカンはもう昨日とはまるで違う王宮の廊下を抜けていく。それを追いかけるように朝の鳥がさえずりはじめる。夜が明ける。 |