※オリキャラ視点・茜ちゃん中学捏造です。 茜ちゃんの指 茜ちゃんはあやとりを知っている稀有な中学生だ。節の目立たない指で箒からタワーからちょうちょから、レパートリーもとても豊富だ。あまり見せてくれないけれど、ときどき披露してくれるとき、毛糸の間でひょこひょこと動く指を目で追うのはとても楽しい。爪はいつだってきちんと切り揃えられていて、とても人間味の滲むピンク色をしている。 茜ちゃんについて知っていることと言えば、まだそれくらいだった。都電通学の茜ちゃんが、一体何という駅で降りて帰っていくのか、クラブに入部することなく放課後どこで何をして過ごしているのか、そんなことは些細なことで、学校で楽しくおしゃべりをして時間を潰すのには必要がないのだ。 「あ、」 体操服から顔を出したばかりの茜ちゃんが、ぽろりとこぼした。 「わすれちゃった」 「何を?」 「ゴム。髪まとめるの」 言いながら茜ちゃんが畳んだばかりの制服のスカートを探る。衣替え直後の真新しいプリーツが乱れて、茜ちゃんの細い手首が要領良くポケットを見つける。正直なところ、あたしはまだこのプリーツスカートに慣れていなくて、ポケットの位置がわからなくなってしまうから、茜ちゃんの手慣れた動きには感心する。 「ううん、ないなあ」 薄い布地の奥で、そう小さくはない箱型の何かが狭いポケットの大部分を占めている。茜ちゃんの、(悪いけど)とても幼い印象を与える指が、その脇を探っている。携帯電話よりも大きく角張っていて、茜ちゃんの指はそれを隠すというより、存在しないもののように、空気に察しているように、そうして当たり前にあるもののように扱っている。茜ちゃんに見えないものは、あたしにも見えないに違いないと思えてくる。だから、あたしはその箱型の大きな何かについて茜ちゃんに問うことができない。 少し前から、あたしは、茜ちゃんのポケットの中の不穏に気付いている。 時折そういった瞬間があった。朗らかで人当たりが良くて真面目な茜ちゃんの爪先が、一瞬黒ずんでいるように見える、そんな錯視。都電の駅で何も考えていないふりをして背筋を伸ばして立っている茜ちゃんの、その革靴がこの後踏むところ。 「あたし、ブラシに余分にゴムまいてたかも」 気付いて然るべきなのか、否か。茜ちゃんはどうしてほしいのか。出会って二カ月かそこらでそんな判断ができる筈もなく、あたしは茜ちゃんの滑らかな手の脇で相変わらず空気のように存在しているらしい箱型の何かが見るに堪えなかった。本当は余分なゴムなんて持っていない。 「ほんと?」 茜ちゃんがぱっと顔をあげる。ポケットからするりと抜けた指が少しまがまがしい形をしている。ような気がする。 「今探すから待ってて」 鞄を探り、ポーチからブラシを出して、やっぱりなかったごめん、と笑う。いいよいいよ、と答えた茜ちゃんは結局通りかかった髪の長いクラスメイトに借りて、二人で並んで教室を出た。髪をまとめていく腕は、小学生の名残を残して白く頼りない。一本一本が細い印象を受ける髪の間に覗く指が、――先ほどまでポケットの中の空白を探っていた指が、今にも折れそうで少し怖い。否、あの箱型の何かを辿る指の動きが思い出されて、それが曖昧な恐怖を内臓に湧かせるのだ。 「茜ちゃん、」 「うん?」 「スカートのポケットに入ってるのって、何?」 言った途端、舌が痺れた。何を聞いてしまったのだろう。後悔と好奇心が心臓を速くする。動揺の走るあたしに対して、茜ちゃんは結い終えたばかりの髪を揺らして何てことないように小首を傾げた。 「スタンガンだよ」 「スタンガン?」 「うん」 絡まる細い髪を振り払って、茜ちゃんの指が俄かに力強さを帯びた。あたしはほんの少しだけの間スタンガンというものが何であるかについて考えこみ、続いて茜ちゃんの顔色を伺った。長い前髪の間でくりくりとした目が瞬きをしてあたしを見つめ返す。その指の先からたった今まで茜ちゃんにくっついていた髪がはらりと落ちる。 「スタンガンって、本物?」 「スタンガンに、にせものなんてあるの?」 口元に手を当てて、茜ちゃんがくすくすと笑った。それもそうだ。あたしは質問を変える。 「何で持ってるの?」 それ以前に、一中学生が買える代物なのだろうか。 「うーんとね、護身用とか、あとまあいろいろだよ」 あとまあいろいろ。 下駄箱に着いた。運動靴を掴む茜ちゃんのその指がスタンガンのスイッチを押すところを想像して、あたしは考えることをやめた。疑問を持ち始めたら、きっとあたし達は終わってしまうのだ。茜ちゃんの指が、幼く、白く、人間味を帯びたピンク色でいるうちに、あたしは考えることをやめなければいけない。 先に運動靴を履き終えた茜ちゃんが外へ走り出て、指をいっぱいに広げてあたしを手招く。初夏の昼下がりの太陽は白く、茜ちゃんの少し重い印象を受ける黒髪を和らげている。元通りの、あやとりの得意なその指へ、あたしは自ら吸い寄せられていく。 |