一口 わたしよりも色が黒くてごつごつと骨が浮き立った大きな手が、ハンバーガーを包む全国お馴染みのファーストフード店のロゴが入った紙を安っぽい音を立てて掴み、ぞんざいではないけど丁寧でもない動作で手早く開く。わたしは何とはなしにその様子を見ながら、ちょこちょことポテトを摘む。よく知っている脂ぎった味が舌にへばりついたので、頼んだカフェオレに手を伸ばす。 わたしの目の前に座っている阿部隆也くんは、そうしているうちに一息に大きくハンバーガーをかじった。田島くんのように盛大な素振りをつけて大きく噛み付くでもなく、三橋くんのようにちょこまか早く口に運ぶでもなく、水谷くんのように口に入れてから暫く味を満喫するでもなく、阿部くんは実に機械的な動作でハンバーガーを食べる。 カフェオレに混じる苦味と甘味を舌の上に転がし、わたしも自分の分のハンバーガーを手に取った。阿部くんのものより一回り小さいのは、彼のハンバーガーが期間限定お試しの増量版だからである。 少し冷め始めたハンバーガーを両手でバランスよく抱え持ち、わたしも同じように噛み付く。しかし、やはり男の子の口の大きさには追いつかないようで、前歯は思った面積よりも大分小さくハンバーガーを切り取った。 上目遣いで阿部くんを見遣ると、阿部くんのハンバーガーは既に半分以上なくなっていた。野球部の人は大抵食べるのが早いけど、阿部くんもそれに例外なく入っているようだ。 何だか面白くなって、わたしはそのまま阿部くんが食べる様子をずっと見続けた。阿部くんの一口はわたしと比べると凄く大きくて、噛んで飲み込むまでの時間もあっという間だ。中に入っていたケチャップが唇の端についたのに気付いた彼は、親指の腹でそっとそれを拭って舐めて、またかぶりつく。 そう何度もその動作を繰り返さないうちに、彼はハンバーガーを食べ終えてしまった。わたしの手元にはまだ一口かじっただけのハンバーガーが残っているというのに。まあ、彼の様子をずっと見ていたからだけど。 阿部くんがオレンジジュースを口に運びながら、食べずに固まって彼を見ているわたしに気付いて、少し眉を寄せた。ストローから口を離して、人によっては冷たいと言われる口調で問う。 「何? 食べないの、それ」 言葉には出さなかったけど、何でこっちを見ているのかという疑問が声に渦巻いていた。わたしは慌ててハンバーガーを両手で抱え直す。 「え、ああ、食べる食べる」 少しペースを早くして食べてみる。脂っこいのは仕方ない。口の周りに脂がついていくのが嫌だったけど、この辺で一番お昼を食べやすそうだったのはここなのだ。文句は言うまい。 阿部くんは、今度はポテトに手を伸ばし始めた。これも一口に一本を消費するから、なくなるのが早い。わたしが一本食べる間に三本も四本も彼のお腹に収まってしまう。 無心に食べることに集中している彼に、わたしはふうと溜息をついて言った。 「阿部くんて、食べるの早いよね」 「え、」 ポテトに伸びた阿部くんの手が止まる。きょとんとしてこちらを見るその顔は、三橋くんが思いがけないことを口走るときに見せる表情と全く一緒だ。結構面白い顔をしているのに、彼は気付いているのだろうか。 見開かれた垂れ目が元に戻り、少しばつの悪そうな顔になる。 「ワリ……、急いだ?」 オレ、そういう気の使い方できねぇから、と阿部くんが目線を逸らす。 ああ、急がせていたみたいな言い方になってしまったか。三橋くんを相手にしているとそうなってしまうのも分からなくはないけれど、少し短絡的過ぎる。阿部くんはどんなに心がけても、やっぱり短気なのである。 口に運んでいたハンバーガーを置いて、わたしはにこにこと笑って答えた。 「ううん、そんなことないよ。阿部くんの一口が大きくて面白いなあって思っただけ」 「えぇ? 一口?」 阿部くんが今度は少し笑いの含まれた顔で首を傾げた。わたしは頷きながらハンバーガーをかじる。丁度ピクルスにあたり、どうせならと舌で挟まれたピクルスを引っ張り出して一緒に頬張る。 「そりゃ、篠岡の一口が小さすぎるんだろ。んなちまちま食って」 にやにやと口元を緩ませながら、一旦食べる手を止めた阿部くんが言った。釣られて意地悪く見えるように笑いながら、わたしも負けじと言い返す。 「女の子は一口が小さくて当たり前なの!」 あははは、と笑いが弾ける。わたしが見せ付けるように大きくハンバーガーにかぶりつくと、「小さい小さい!」と阿部くんは笑って、一気にポテトを十本くらい掴んで頬張った。「勿体無い!」と叫ぶと、彼は嬉しそうに目を細めて口をもごもご言わせる。 付き合う前は想像できなかったような、打ち解けて楽しい時間。 彼の色々な特徴を見つけるたびに、わたしの胸はとくとくと弾む。 |