皮膚 ぬるま湯のような日陰に抱かれて、けだものとりんを危うく隔てる隙間にあとからあとからこぼれて降り注ぐのは、彼とりんを守っていてしかしあっけなく剥落していく毛皮の残骸だった。或いは這わせると手のひらの内側で薄く堅く拒絶する皮膚だ。それはかつて大切だったかもしれないけれど、もはやりんは自分の胸元に積もっていくその乾いた抜け殻を一片の未練だって残さず愛さない。(だって、いくら背がのびたって、わたしはこんなにもちいさいのに) たゆまない水を吸い取ったように少しだけ重い腕を片方伸ばして、りんはもう長いこと静かに呼吸を荒げるその顔を撫でてみた。ちっとも優しくないのにりんの頼りない指が壊れないように受け入れる手触りは殺生丸に違いない。このけだものは、暖かくない布団に潜り込む夏の夜なのだ。(じゃあ、わたしは?) 密やかな波の行き交う彼の顔を見れば、りんにはたちまち海の底がわかってしまう。それは何者にも代え難い色に淀んで、きっと初めて会ったときからまるで異なっている。何が変えたのか、その答えが自分である自信はないけれど、だいじょうぶ、と少し気取って微笑むと殺生丸は牙と牙の間から歯軋りのように問いかけた。 「こわく、ないのか」 怖がっているのは殺生丸だ。そんなものはとうの昔に野犬がまるまる食べてしまった。それも知らないなんて、かわいいひと。(ああ、ひとではないのだっけ) 「ないよ。ぜんぜん」 ゆっくりと息を混ぜて囁いて、絶えず額や頬に当たっては滑り落ちていく彼の欠片をこそばゆく思う。りんはこんなにも喜びで満ちているのに、殺生丸は様々なものに苛まれて酷くひとじみていた。りんの苦しみや悲しみを代わりに受けているのだ。 「こわく……、ないのか」 聞こえていないように殺生丸が繰り返した。その浅い声音が嬉しくて、何度でも答える。ないよ、ないよ。(りんは、殺生丸さまをこわいと思ったことは一度もないよ) 「こわく、ないのか」 「ないよ、」 「ない、のか、」 「ないよ、」 ざあ、と一際大きな欠片が崩れ落ち、りんの脇腹を弱く掻いて伝い降りていく。太股が焦れて身体の上で少しだけ震える生き物が呻いた。細くてきつい瞳はますます鋭く突き刺すように。しなやかな筋肉を帯びた両腕はたくましく太く。背筋から遠吠えが上がって、殺生丸が殺生丸になる。 鎧の名残と共に牙が近づいて、頭から呑まれるように口づけをした。陰の水たまりに投げ出していた片手を太い首に回す。蛙の骸からこぼれる肉のようなむなしい冷たさが好きだ。目尻が痺れて数々のよろこびが体中からせき止められずに溢れていく。(同じだ)(殺生丸さまの皮膚と、一緒だ) (なあんだ、殺生丸さまもうれしいくせに) 「殺生丸さま、」 溜息の端でいとしい生き物を呼ぶ。圧倒的な暴力に指の先まで取り込まれてしまいたい。晒される肌を曖昧になぞる彼の身体から生まれた風が心地良い。 「……りん、」 ざざあ、と最後の欠片が帯の解かれた下肢に降り注いで、日陰の沼に足をとられた二人は先を争うように隙間を埋め合い心を忘れていく。未練もなく。そのまぐわいの傍らを乾いた皮膚が腐る甘い毒がにおってやまない。 |