「神楽ちゃんに、告白されました」 くゆらせた煙は耳障りな換気扇のプロペラに吸い上げられて、ねじ切れて消えていく。久方ぶりの喫煙の所以は、嫌煙する少女の不在である。 一線 「ふうん、おめでとう」 わざと無関心を装う冷たい返事をすると、ソファに座る固い気配が苛々とするのが分かった。それでも即座に食ってかかってこないのはこの青年の穏健な性質故だろう。長所に数えて良いと思う。この性分のおかげで苦労も度重なっているに違いない。尤もその苦労のうちの大半は自分がかけているようなものだが。 正直に言えば、咥えたそれを取り落としそうになる程度に驚いた。 だが、脳の片隅では予想通りだと嘲笑う声が響き、いつか慰みに妄想した遠くない未来のパターンのうちの一つであったから、結局煙草一本分の代金とライター数秒分の油を無駄にすることはなかった。こんな状況でさえ金勘定は忘れない。いや、余計なことを考えて気を紛らわしているのか。自身の心中模索には嫌気が差す。 台所から振り返り、膝の上に拳を作っている青年の横顔をちらりと目線で嬲る。地味ではあるが、地味であるなりに好青年だ。真面目に切り揃えられた襟足が少し長い。たかが小娘のごっこ遊びじみた告白に険しい顔で唇を噛み締めて悩むのだ。何と心優しいのだろう。 「……他に言うことは、ないんですか」 低く抑えた声が、固い唇から発せられた。今の新八の気配は酷く固い。座っているのに、立っているときよりも力んでいるようにさえ見える。神楽がどのように好意を新八に伝えたのかは不明だが、少なくとも新八はその思いを無下にする選択など到底考えられなくて、ここまで固くなっているのだろう。 その生真面目な固さが、癪に障った。 「別にいいじゃん、お前別に神楽のこと嫌いじゃないんだろ」 「僕は、」 新八がゆっくりと瞬きをした。特別美男子というわけでもないがなかなかに可愛い顔立ちをしていると品定めをする下世話な心を働かせ、気を紛らわせる。少なくとも、隣に立って女が恥ずかしい思いをする奴ではない顔だと新八を見定める。これで中身もなかなかなのだから、あの宇宙一強いと謳われる禿頭に紹介するのも恥ずかしくない。 「僕は、神楽ちゃんが好きです」 新八が搾り出すように言う。 「おお、両思――」 「でも!」 初めて、新八が声を張り上げた。例え殴り合いになっても負ける気はしない相手だが、銀時は躊躇する。新八の発する気配はただ事でないことを小刻みに伝えている。おちゃらけて誤魔化すことを許さない気配だ。 「そういう、好きじゃない。神楽ちゃんは凄く大切だけど、どうしてもそういう風に見られない。寧ろ、どうして神楽ちゃんが僕に好きと言ったのか分からない。神楽ちゃんがどういうつもりなのか……」 勢いが次第に尻すぼみになるところを見るに、新八自身も迷っているのだ。青い。青臭すぎて吐き気すらする。銀時はまだ吸える煙草を手慰みに灰皿に押し付け、揉み消す。何かあれば殴ってしまいそうであった。 「どういうつもりも何も、てめーが好きだから好きっつったんだろ」 「……そうじゃないことを言いたいことくらい、分かるでしょ、銀さん」 新八がこちらを見たのが視線で分かったので、銀時はわざと顔を背ける。真っ直ぐな青さと真っ向から勝負しようと思うほど自分は無謀ではないし、新八がその先に続けようとする言葉も容易に想像できた。この青年を疎ましく思うことは幾度となくあったが、今ほど目を合わせたくないと思ったことはないかもしれない。 これまで、拾ってしまった責任を果たすべく一生懸命大人の背中を見せてやっていたのに。 否、新八はもうそれらを見せる必要のない大人になってしまったのだろうか。 「神楽ちゃんは、銀さんのことが、多分好きなんです」 「それはねーだろ」 「僕はずっとそう思っていたし、今もそう思っている」 「それはお前の思い違いだ」 「違う。神楽ちゃんがいつも追いかけているのは銀さんだ」 「神楽がコクったのはオレじゃなくててめーだろうがよ」 「そうじゃない、そうじゃなくて、」 「そうじゃないも何もあるか。好きでもねー奴に好きなんて言わねーよ、アイツは」 「それはそうだけど、でも……」 新八の声が焦る。言いたいことは山ほどあるのに、所詮舌戦で銀時に勝てはしない。新八の言い分など言われずとも分かる。だから、先回りして小賢しい正論を振り回して防護策に入ることができる。 「そんな固くなんなよ。いいカップルになると思うぜーお前ら」 新八が反撃をしてこない隙に、声の調子を上げて手をひらひらと振りながら振り返った。唇を歪めて笑い、おどけた顔を作る。ふざけるのは得意であるし、大好きだ。突いてほしくないものを守る巧妙な手立てであると思う。 打って変わって、大人になろうとしている青臭い青年は、泣きそうな顔をしていた。良心が痛む。しかし、ここはどうしても、譲れない。 「そうじゃない、そうじゃなくて……違う、違うんだ……」 渦中の少女は未だ帰らず、青い青年は苦しげに呟き続ける。 |