茨の道だとまでは思わない。だが、不毛だとは思う。
「いやぁ助かるのー」
不毛の種は、横でがに股開きに闊歩している。


不毛の種


「陸奥は本当にエエ子じゃなー」
表情を隠すサングラスに何があっても崩れないチェシャ猫笑い、馬鹿でかいカラスでも飼っているに違いない鳥の巣頭に無駄にひょろ長い手足。坂本辰馬という人物は存在そのものが胡散臭い。見るからに頭の弱そうな不審人物だというのに、これで立派に教職を持っているというのだから人は見かけによらない。
「別に、運んどるだけじゃ」
何度も繰り返されるその言葉は最早聞き飽きていて、陸奥は嘆息混じりにいらえた。坂本は何かにつけ人の長所を並べる。ネガティブな視点を生徒に一つも晒さないのは教員として良いところかもしれないが、坂本はただ楽観的にしか物事を見られないだけであることを陸奥はとうの昔に見抜いている。
どうして、こんな馬鹿なのに。陸奥は人知れず溜息をつく。
「いやいや、今日びの若いモンは面倒臭がりでいけんからのう」
にやにやと口角が上がりっぱなしの笑みをこちらに向け、坂本が言う。あまり心から笑って貰ったように思えないのは、サングラスに遮られて全く読めない瞳の色と繰り返す度に重力を失くしていく言葉のせいだろうか。
「そこにきて陸奥は、文句の一つも言わんとよう手伝う、本物のエエ子じゃ」
わしはよう分かっちょる分かっちょると坂本は繰り返し、覚束ない足取りで廊下のボロボロのタイルを踏み抜きながら進む。無駄に細長い両手で果たして抱え込むようなノート類を全て無事に運べるのか些か心配である。陸奥が幾つか持っているとは言え、坂本は山のようにうず高く積みあがるノートの束を抱えていることには間違いない。
始めは陸奥の持っている分まで一人で運ぼうとしていたのだから、やっぱり坂本という人物は真性の馬鹿であるとしか思えない。思えないのだが、坂本を馬鹿にすると同時に確かに尊敬の念も抱いていることを陸奥はどうしても否めない。この間抜けな教師の何を尊敬しているのかと問われると少々返答に困るが、そのまま言うのであれば、考え方、だろうか。
一見都合良い部分ばかり見てしまう狭すぎる視野の腑抜け科白にも、坂本なりの意味が含まれている。坂本は陸奥が今まで出会ったどの人物とも種類が違い、決して生徒に無体を強いることがない。人の話をよく聞くし、馬鹿にすることもない。流れに身を任すその姿勢を日和見主義と言われてしまえばそれまでだが、攻撃的であることのメリットを陸奥はあまり感じることができない。だからこそ惹かれたのやもしれぬ。
馬鹿でお気楽で能天気なことばかりほざいているが、坂本は坂本なりに強い。陸奥はそれを本能的に感じ取り、だからこそこうして進んで手伝いを敢行しているわけなのだ。
否。それだけではないことに、陸奥は最近気付き始めている。
「ふー、やっとついたどー!」
坂本が大仰に喚いてノートの束を机の上に置いた。人のいない教室は色味に欠けるせいかやたらと陰気だ。坂本はさり気ない動作で陸奥の持っていた分も受け取って同じように机の上に置き、ぱんぱんと手を払う。横顔に覗くのは、やはりどの角度から見ても変わらぬにやけ面である。
「ありがとうなあ、陸奥」
言いつつ坂本が振り返り、払ったその手のまま陸奥の頭をくしゃりと撫でた。髪の毛が絡まり、頭頂部がひたすらこそばゆい。坂本の手は手足の長さに比例するかの如く大きく骨っぽい。その手にゆったりと掬い上げられているような錯覚に陸奥は陥る。
このようなとき、陸奥は器用に笑えない。嬉しくないわけでもないし、楽しくないわけでもない。だが、笑うという動作に到達するまでの道のりが人よりもほんの少し長い陸奥にとって、ちっぽけなことで笑うのには労力を要するのだ。誉められているのに少しも笑わない陸奥を、坂本はどのように受け取るだろうか。
ふと、坂本がサングラスを外した。陸奥を撫でていない方の手の中指を引っ掛け、つるっと易く外れたサングラスをそのまま指にぶら下げる。
素顔をまともに見つめることになった陸奥は内心酷く慌てる。目が疲れたとかごみが入ったとかそんな下らない理由であることは明白だからこそ、不意打ちに早まる鼓動と坂本をこっそりと恨むしかない。サングラスを外した顔は今まで何度か見たが、この至近距離では初めてである。髪型や格好のせいか気付かれ難いが、坂本とてそれなりに見てくれは良い。口元や表情同様、おどけた瞳は不思議な深みを帯びて陸奥の姿を映しこんだ。
坂本の瞳の中で唇をきゅっと引き結んだ自分は、頬を赤らめていた。
「……じゃあ、失礼する、」
坂本の手をそっと頭から外し、陸奥はふいと顔を逸らして踵を返した。「気ィつけて帰れよー」という間延びした声が陸奥の肩口を通り越して先回りする。教室の扉を最後まで念入りに閉め、陸奥は早歩きに階段を降りた。見せられない。こんな顔。誰にも。
教師に恋をするなんて、一体自分はいつ時代の女子高生だろうか。教室に二人きりなどという分かりやすい状況。素顔に簡単にときめいてしまう単純さ。全てが全て陸奥を苛む。
頭を撫ぜたその指で他の部分も触れられたい、と感じてしまうのは、どうしていけないことに思えるのだろう。
教師と生徒。考えるほど茨の道ではないのに、不毛だと思えてしまうのは何故なのか。
不毛の種は依然燻ったままである。







よく坂本→陸奥な感じのは見るので、逆で3Zでやってみました。
銀魂女子の中できゅーちゃんと同じくらい良い味しめてるのって陸奥だと思う!
坂本をイケメンにし過ぎた感がある。
08/10/09